10年越しの大作より、明日の短編作品を

小説家になろうと思い、このブログを立ち上げたのが2013年12月18日。
あれからもう4ヶ月半が経つ。

一向に物語を書く体制にならない。

よしもとばななさん曰く、

「一日書かなければ取り戻すのに丸一日かかる」

来る日も来る日も反復練習のように文章を書き続けることが、物書きになる一番の近道だということはわかる。
しかし、出来ていない。
書いているペースは「小説家になれないペース」であることはまず間違い無い。

日々の仕事があるからとか、折角の家族との団らんだからとか、好きなお酒を飲んじゃったからとか・・・
書かない理由にもならない言い訳は、いくらでも湧いて出てくる。
しかし、その弱い自分自身をひっぺかえして押し入れの奥底にでも押し込んでしまわないと、「夢を描ける作家」には到底なれない。

書き続けている状態が、作家の領域なんだ。

そう考えるとそんなに難しい事でもないように思うのだが、実際は毎日書けていない。
サラリーマン、作家に限らず全ての仕事人に共通して言えることは、「時間管理の達人」が大成するということなんだ。
つくづく自分の弱さを思い知らされる。

「何を書こうか、何を書きたいんだ」

ふっと時間の空く時に自問自答を繰り返す。
私の中で書いてみたい話の構想がちょっとずつだが湧いてきている。
その内容とはこんな感じだ。

場面は娘の結婚披露宴会場。
主人公はその父親。父親の目を通して語られる物語だ。

相手の新郎側の家族は、会社社長を父に持つ裕福な家庭。
一方新婦側は学生時代に母親を亡くし、歩合営業という不安定は収入の父親に育てて貰った貧乏な家庭。

男手一つで大切な一人娘を育ててきた主人公の父からすれば、家庭の格の違いから来る「気後れ」など全く感じていない。
親の責任として「娘をここまで育て上げた」という強い矜恃を持ちながらここまで来た、そんな達成感に包まれた父親である。

そしてその父親には娘の結婚披露宴でどうしても伝えたいことがある。
今まで言いたくても言えなかったこと。
娘は新郎と「半同棲生活」を始めており、父親は面と向かって娘と話す機会を持てずにいた。
明日からは東京での新婚生活を始める娘。

今日をおいて他にない。
話さなければならない、必ず伝えなければならない。
なぜならそれは、娘が中学生の時交通事故で亡くした妻との約束なのだ。

妻から聞いたこと、
今まで言えずにいたこと、
どうしても分かって欲しいこと・・・

そして、結婚披露宴の結び。
両家を代表して新郎の父が謝辞を述べる。
軽い拍手がわき起こり、いよいよ新郎新婦の退場シーン。
司会の女性が盛り上げようとしたその時。

父親は手を上げて遮り、傍らにいたキャプテンからマイクを奪い取り片手に握りしめた。
意を決し覚悟を決めた父親の目は、家族を取り囲むスポットライトを受けて力強く輝いていた。
ウエディンブーケを手に涙目で感謝の立礼の動作に入った娘が急に腰を折り曲げながら父親を振り返った。
白く張り詰めた娘の表情を横目で確かめながら、父親は訥々と語り始める。

死んだ妻との約束を果たすために・・・

・・・で、父親は何を伝えたら良いんだろう(笑)
こんなシーン、思いつくのですが、肝心の言いたいことが思い浮かばない。

当たり前だ、シーンから入るからおかしくなるんだ。
先に「伝えたいこと」決めて、それに合わせてストーリーを作っていかないでどうするのよ!
物語を組み立てて行くやり方からしてど素人である。

自分自身が思う「感動的だと思うこと」を登場人物の口を借りて伝える、これが小説だ。
話の場面から登場人物から表現の仕方まで、全て好きなように自分で決める事ができる。
もちろんフィクションを織り交ぜてもOK。

しかし、心を打つ物語って、思いついた数だけ作品になるんだとしたら、どうだろう。
思いつく数が多い作家ほど「文豪」なのだろうか。

数はこの際考えないようにしよう。
マーガレット・ミッチェルのように生涯「風と共に去りぬ」一作だけでも有名な作家もあるわけだから。

「伝えたい物語」

この「伝えたいこと」を次々と世に送り出せるか、その力量を常に計られるのが作家という職業だ。

しかし「伝えたいこと」が思い浮かばない・・・
あまりにも奇想天外なオチにばかりこだわっていると、出てこない。
伝えたい感動的な話って、もっと身近に転がっているように思う。
「身近なこと」が逆に感動のポイントになるはず。

よく有名な作家の新刊の帯に、「構想10年」などと書かれているのを見る。
10年間構想を練っていたのか・・・
それだけ見ても、そんな労作は必ず傑作なはずだと思わず手が伸びる。

私はいつか「ベトナム戦争」をモチーフにした戦争ヒューマンドラマを描きたいと考えている。
ベトナムに働き、ベトナムの歴史を知ることで、ベトナム戦争に翻弄されたあの国の人達のヒューマンドラマを書きたい。
構想は既に始まっている。
もし10年かかるとすれば、私は60歳手前で作品を発表することになる。

あと10年で60歳一歩手前。
構想に10年もかけている暇は無い。

10年越しの大作より、明日の短編作をまずは書いていきたい。


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