娘の「学生最後の日」に想うこと

今日は娘の大学の卒業式です。
私は今ベトナムにいるので、娘の晴れ姿を直に見ることはできません。
できることならせめて写真でも、とLINEで写真を送ってもらおうと思ったら、既に嫁が先回りするように娘の写真を送ってくれていました。

大学の正門の前で卒業記念証書を持ち、にっこり笑っている写真。
仕事中だったので、そっとiPadを持って喫煙スペースへ行き、娘の笑顔を見つめていました。
ちょっと嫁の面影が濃くなってきたかな・・・そう思うと急に涙が溢れてきました。

と、急に今まで娘と過ごした時間や思い出が沸き上がってきました。

「お腹にいた時から大きくならず、しょっちゅう逆子になり、寒空の中、嫁が無理に用事を作ってスーパーを何度も往復したこと」

「せめて五体満足な子供で生まれてきて欲しい、その願いが実り2000グラムちょっとで誕生した娘の泣き声を聞いた瞬間、号泣してしまったこと」

「保育器の中で小さい体が呼吸の度に大きく波打つ様子を、母親と不安げに眺めていたこと」

「食が細く、モロゾフのプリンしか食べない娘の為に、毎週難波でプリンを買って帰ったこと」

「毎晩オーバーアクションを交えて絵本を読んでやると、キャーキャー喜んでくれたこと」

「小さい娘の『ベスポジ』は、いつも私の肩車だったこと」

「幼稚園のころから友達がなかなか出来ず、公園で同じクラスの子のお父さんを見つけ、無理矢理笑顔を作って話しかけたこと」

「中学校で運動下手なのに厳しいソフトボール部に入り、毎週キャッチボールをしてやったこと」

「高校時代ブラスバンド部でホルンを担当し、さよならコンサートで肩を奮わせて泣く娘を見て、もらい泣きしてしまったこと」

「大学受験の日の朝、車で駅まで送ってやった時、雨降りの中こわばった顔で笑いかけてくれたこと」

生まれる前から心配をかけてくれた娘。
生まれてからも、何かとハラハラさせてくれた娘ですが、私達にとっては大切な初めての子供です。
初めて「親の経験」をさせてくれた子でもあります。

未だ娘が小さな赤ん坊の時、大阪の枚方に住んでいたのですが、明け方思わず飛び起きるくらいの強烈な揺れに見舞われました。
阪神・淡路大地震です。

まるで条件反射のように娘の上に体を覆い被せました。
嫁も同様私の腕にしがみつき、為す術も無くただ揺れに耐えていました。

揺れが遠のき、目を開けて娘を見ると、なんと両手をパチパチ叩きながら笑っているんです。
自分の目の前に私と嫁の顔を同時に見つけたからでしょう。

あの息も出来ない激しい揺れの後に見た、屈託のない娘の笑顔。
あの時の幸せな気持は死ぬまで忘れることができません。

また、これもまだ娘が小さいときの話です。
昼間にぐっすり寝て、夜寝ない時期がありました。
夜中ずっと泣かれ、嫁と二人で交代で寝かしつけるのですが、私も朝早く出勤しなければならず、ものすごいストレスを感じていました。
ある晩、私はそれでも泣き止まない娘を、嫁の足下に投げつけたことがあります。

嫁は黙って娘を抱き起こし、火が付いたように泣く娘を抱きしめていました。

私は未だにその時の自分のしたこと、そして黙って抱き続ける嫁の姿を忘れることができません。
私は未だ「父親」になりきれていなかったんです。

今でも目をつむると、娘が真ん中にいるたくさんの風景が浮かんできます。
べそをかいている顔、ゲラゲラ笑っている顔。

食の細かった娘は、気がつけば「痩せの大食い娘」となっており、寒い冬は一日中こたつでゴロゴロする「おやじ娘」に変身しておりました。

友達ができず引っ込み思案だった娘も、高校でブラスバンド部に入り大きく成長します。
「夢中になれるもの」をとうとう見つけたのか、急に目が生き生きと輝き出してきました。
学校の手提げカバンには、彼氏やジャニーズの写真ではなく、ホルンのマスコット人形がいつも揺れていました。

部活の運営係を前向きに買って出る積極性も出てくるようになり、急に弟達に

「手伝いなさいよ!」

と洗濯物を庭から運び込みながら、お姉ちゃんらしい口のききかたをするようになってきました。
それでも真剣に手伝おうとしない弟2人にぶつぶつ言いながらも、結局黙って家事をしてくれていました。

嫁も学童保育の仕事で毎日学校へ出ます。
疲れている嫁の顔を見て、何をしなければいけないのか、理解してくれていたようです。

でも、ちょっと・・・鈍くさいんです(笑)。

大学生になり、就職活動がなかなか上手くいかない時がありました。
面接にまでたどり着けない。

今は就職難の時期。
そう簡単に希望企業に受かる時代ではありません。

私達の予想通り「苦戦」している娘の就活。
大きな壁を感じたのか、動けなくなってしまいました。

「もう、会社訪問全然せえへんし、テレビばっかり見て・・・」

嫁が不満げに愚痴を言いますが、娘にとって余りに難攻不落な就職という壁を前に、足が止まってしまう気持はよく分かります。
しかし娘に変わってやることはできません。
自力で超えないといけない山です。

そんなある日、娘からLINEで、

「お父さん、内定決まった!」

弾むようなメッセージが飛び込んで来た時・・・
思わず空を見上げて、大きく息をつきました。
我が家に待望の春が訪れた瞬間です。

今は会社規定の運転免許を取るべく、教習所に通っている毎日です。

来月から社会人です。
世間の荒波に揉まれることになります。
煩わしい人間関係にも耐えないといけなくなります。

コツコツと一つずつ乗り越えて行って欲しい。
君には君のペースがある。
人のペースに巻き込まれることなく、人に迎合することなく、悠久の大河のようなゆったりとした気分で、花のある人生を送って欲しい。

「悠花」

私の娘の名前です。

「悠花、卒業おめでとう。
自分が嬉しいと思うことに自分の時間を使えるように頑張ってな」

「卒業おめでとう。お母さんに顔似てきたな・・」
「卒業おめでとう。お母さんに顔似てきたな・・」

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