ベトナム人スタッフの父親の死に触れて

私のスタッフのお父さんが亡くなりました。
週末土曜日の朝、スタッフから電話があり、

「お父さん、死んだ。3日ほど休ませて下さい」

スタッフは28歳のベトナム人女性。
会社一の働き者で、私の会社を支えてくれる才女です。
私は今、ベトナムに単身赴任しています。

そのスタッフのお父さんとは以前一度お会いしたことがあります。
ベトナムは旧正月が実際のお正月。
韓国や中国と同じです。
日本の正月から1ヶ月ほどズレて、大体2月頭から長い休暇がやってきます。

昔私がベトナムに来て間が無いとき、旧正月中にそのスタッフから電話を受けました。

「正月何をしていますか?」

当然することなどありません。
ベトナム全体が完全に止まる時期。
電話番がメインの仕事で、特段問題がなければすることがありません。
恐らく持て余している私を気遣って連絡をしてくれたんです。

「お正月に是非私の家に来て下さい」

ベトナムでは、大切な人だけお正月に自宅に呼び、家族と一緒にお正月の家族料理を食べる習慣があります。
急にその光栄に授かり、スタッフの家に正月訪問することになりました。

その時、スタッフの家族全員にお目にかかりました。
もちろん丸顔で赤ら顔のお父さんもおられました。

相当お酒を飲んでいるようで、かなり酩酊気味のようでした。
お酒が大好きなお父さん。
余りの酒好きに、家族全員辟易しているようでしたが、その酒好きがお父さんの寿命を縮めてしまったようです。

突然倒れ、集中治療室で約1ヶ月半。
意識が戻らないお父さんを家族総出の看病。
そのスタッフは昼はきっちりと自分の持ち仕事をこなし、夕方病院にそのまま直行。
深夜まで大切なお父さんから離れず、昼間の仕事以上に頑張ったと思います。

御葬式、広い葬儀会場の正面中央に、お正月にお目にかかったお父さんの笑顔溢れる写真を見たとき、泣く気配の全くしていなかった私は、気が付くと泣いていました。

たった一度しかお会いしたことのないベトナム人スタッフのお父さんの死。
休日返上で必死に働いてくれる優秀なスタッフのお父さんの死。
私と同じ長男で一家の大黒柱として家族を守り続けてきた父親の死。

遺影を見た瞬間、スタッフから聞いたお父さんのわずかな知識が急に頭に蘇ってきました。
なぜそう思ったのか分からないのですが、

「ともに厳しい人生を戦ってきた戦友の死」

に遭遇した時と同じ感覚に駆られてしまったんです。
両手を顔の近くで合わせ、涙をごまかしながら、込み上げてくる悲しみを抑えました。

号泣するスタッフとそのご家族を見て、彼女のお父さんは幸せに人生を全うされたのだと感じました。

自分に近い歳の人の死を、これから歳を重ねるに連れ迎えなければならなくなります。
その都度「懸命に生きていない自分」を嫌が応にも痛感することになります。

「何時死んでもいい」と思える心の準備など、一生かかっても出来そうにありません。
出来ることとすれば、

「命を削ってでもやりたい事」に向かい合う時間を長く持ち続ける事

その時間の長さを測りながら生きて行きたい。

我が親の死を最低でもこれから2回、受け止めないといけません。
どんな深い悲しみが襲おうと、ぶれないで夢と戦っていきたいと思います。


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